Entries

ヤンミ・ムン『ビジネスで一番、大切なこと』


競争相手を無視せよと言っているのではない。消費者と同じ目で見ることが重要なのだ。消費者の目にはぼんやりとカテゴリー全体が見えるだけで、個々のブランドは映っていない。この不鮮明さから抜け出すこと。それが「違っている」ということなのだ。(p.161)

なぜこんな凡庸な自己啓発本みたいなタイトルを付けてしまったのだろう。このタイトルのせいで本書は埋もれてしまっているように思われる。原題を訳せば「違い 競争する群れから抜け出すこと」となる。成熟期におけるマーケティング戦略を語った本だ。市場が成熟期を迎えると、消費者が商品の機能的差異どころか、いかにしても関心すら呼ぶことも難しい。成熟期では、どんなに機能的に優れた商品でさえ、導入期や成長期と同じマーケティング手法では通用しない。邦題はその副題も合わせて、こうした内容をまったくもって表していない。

現代では多くの市場が成熟期となっており、多くのカテゴリーで差別化が難しくなっている。著者によれば、これは私たちが本来の競争ではない「競争」に入り込んでいるからだ(p.18)。通常のマーケティング活動そのものが、こうした本来的ではない競争を生み出していると語る。例えば、市場調査について著者は厳しい。市場調査では競合他社が持っていて自社商品が持っていない特性が明らかになるだけだ。市場調査では消費者が意識していることが明らかになるだけで、ユニークな解決策は出ない。イノベーションは既存の世界の延長線上にはないのだ(p.32, 166)。かくして、自社の競争力を測る努力は、均質化を促すことになる(p.34)。こうした均質化をもたらす動きのなかでなおも差別化を図ろうとすれば、無意味な区別を巧みに差別化に見せかけるしかない。取るに足らない区別も強調するしかない。神だけでなく、悪魔も細部に宿る(p.55)。

こうして、市場が成熟すると2つの傾向が現れる。第一に、競争が激しすぎて、消費者には違いがわからなくなる。第二に、商品カテゴリーとの関係が、カテゴリー内のすべての商品との関係になる。個々の商品の違いが無くなり、消費者の選好は個々の商品でなくカテゴリー全体になる(p.68f)。こうした状況で企業がなすべきことは、競争の群れから抜け出すこと。「差別化を実現するためには、競争ではなく、競争からの完全な脱却が必要なのだ」(p.80)。

競争から抜けだしたマーケティングの例として、著者は三つのパターンを挙げている。世の流れの逆を行くリバース・ブランド、既存の分類を書き換えるブレークアウェー・ブランド、好感度に背を向けるホスタイル・ブランド。

リバース・ブランドは消費者の期待を裏切り、競争に欠かせないものを控え、シンプルにする。例えばグーグルは検索語を入力するテキストボックスしかなく、様々な情報をトップページに載せているヤフーと好対照。他にもあえてサービスを廃した、LCCの先駆ジェットブルー、組み立てや配送を消費者に任せたIKEAなどが挙げられている(p.88-91)。

ブレークアウェー・ブランドは製品のジャンルを変えることにより、欠点を製品の便益に変える。ロボットとしてではなくペットとして位置付けられたAIBO。時計ではなくファッションアイテムと位置付けたスウォッチが挙げられる(p.104-108)。日本だと、パソコンとしてではなく文房具として位置付けられたポメラなどが浮かぶ。

ホスタイル・ブランドは、消費者をあえて遠ざけ、障壁を築く。これは消費者の裏をかいているのではなく、長所も短所もさらけ出し、消費者が惹かれるかどうかを気にしない。また、他のブランドとの対立を煽り、摩擦を糧とする。ミニクーパー、レッドブル、ビルケンシュトックといった例が挙げられる(p.121-126)。こうしたホスタイル・ブランドの愛好者はいきおいマイノリティーとなり、マイノリティの人たちが抱く連帯感を生み出す(p.132-134)。こうした一部の愛好家を獲得することがホスタイル・ブランドの狙いだ。ホスタイル・ブランドでは、日本だと積極的に「まずい」と謳っていたキューサイの青汁の例が浮かぶ。

この3パターンは網羅的な分類ではないし、また排他的でもないことに注意。例えばアップルは、これら3パターンの複合だ。シンプルであり、携帯電話を再定義してスマートフォンを生み出し、積極的に他と違うことを強調する。これらのパターンは相乗効果を生む(p.143f)。

ただ、3パターンにはまらない例も取り上げられている。ハーレー・ダビッドソンとダヴだ。ハーレーはアウトローブランドとしての自社の定義を取り戻した。アウトローの幻想を生み出した。ダヴはリアル・ビューティーのキャンペーンで、他商品が生み出す美の幻想性を暴露した。これらは著者の類型に当てはまらない(p.144-149)。というが、ハーレーもダヴもホスタイル・ブランドの好例に見えるのだが。何がパターンにはまらないのかは、あまり明らかではない。

いまや我々は、競争力が生み出した無意味な差異化に押しつぶされそうになっている(p.160)。3パターンの戦略は、こうした競争からぬけ出すイノベーティブなやり方だ。一見して常識に反し、消費者にはとても受けなそうなこうしたアイデア・ブランドが成立するのは、人間が内的に一貫していないからだと著者は言う(p.169)。マーケターは消費者という生身の人間を理解し、尊重すべきだ、というのが著者のメッセージだ(p.174)。それは消費者を消費者として見るのではなく、この社会に生きる一人の生活者として考察することだろう。マーケティング3.0につながっていく論点かもしれない。
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://exphenomenologist.blog100.fc2.com/tb.php/839-4d5328cc

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する