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岡田暁生『西洋音楽史』

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)
(2005/10)
岡田 暁生

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グレゴリオ聖歌から第一次世界大戦後までの西洋音楽史。客観的な通史を書くよりは、個人的な思い入れを持った歴史の本。音楽のような趣味ともなるものは、個人の思い入れに共感できないと言っていることがあまり分からなかったりする。例えば、ワーグナーに対する著者の思いは、ワーグナーに興味のない私にはよく分からない。ベートーベンやマーラーの描写は納得させられるものだが。

通史を描いているとは言え、著者の専門の19世紀がもっとも熱が入っている。ロマン派音楽について、よく書けている。王侯貴族(バロック)、成金サロン連中(古典派)を聴衆とした時代から、ロマン派では中産市民に移る。音楽がマス化するわけだ。すると予想されるとおり、質の低下が起こる。ここで大衆迎合的なイタリア・フランスの音楽と、芸術としての音楽を追究するドイツの音楽に図式的に分かれる。特に、聴衆には感銘を与えるより、あっと驚かせた方が簡単というチェルニーの言葉を引きつつ、オーケストラの大規模化とピアノやヴァイオリンの大音量化の展開を見るあたり面白い(p.142ff)。

ドイツの大仰な音楽はロマン派の純粋さをもって、絶対音楽の理想へ至る。音楽は何も表現しない。音楽の内容は音楽そのものである(ハンスリック)。音楽は世俗的な、あまりに合理的な世界を超越する。かくして、音楽は神なき世界で宗教的法悦に変わるものを生み出す。それが「俗悪なハッタリから音楽の形而上学に至る一九世紀音楽史」(p.174)なのだ。

そして著者によれば、現在でもこの19世紀の呪縛は解けていない。現代におけるクラシックの三つの潮流がある。一つは、ほとんど聴衆を持たない難解な「現代音楽」。二つ目は、バロックから第一次世界大戦までの音楽をレパートリーとして巨匠たちが名演奏を競う、再現芸術。三つ目は映画音楽、ポピュラー音楽へと流れていく、アングロ・サクソン系の娯楽音楽。いまでも19世紀の枠組みの中で、クラシック音楽は宗教に代わるカタルシスを生み出し続けているのだ。

たしかに19世紀が熱がこもっているが、グレゴリオ聖歌から旋律が複数化し、和音を形成していくバロックまでの過程の記述はしっかりしていて頼りになる。西洋音楽史について一つの見方を学ぶにはよい本だと感じた。
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