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サリム・イスマイル、マイケル・マローン『シンギュラリティ大学が教える飛躍する方法』


「シンギュラリティ」の文字を見てひるんでしまったが、特にシンギュラリティの話は本書には無い。本書は、飛躍型企業と訳されている、指数関数的に成長する組織Exponential Organizationの特徴を明らかにしようとしたもの。飛躍型企業とは「加速度的に進化する技術に基づく新しい組織運営の方法を駆使し、競合他社と比べて非常に大きい(少なくとも10倍以上の)価値や影響を生み出せる企業」(p.18)と定義されている。

従来にはなかったスピードで成長する企業が近年は多く生まれている。例えば、スナップチャットは設立3年で時価総額100億ドルに達した(p.337)。100億ドルとまでいかなくても、時価総額10億ドルになるまでの期間を比較すると、一般的なフォーチュン500企業では20年を要しているのに対し、グーグル(1998年設立)で8年、フェイスブック(2004年設立)で5年、ウーバー(2009年設立)で3年、スナップチャット(2011年設立)で2年(p.15)。もちろんこれらはそうした企業を並べてみたに過ぎない。けれども、企業の成長スピードがそれまでの直線的(線形)なものから、指数関数的(非線形)になっていることは誰しも印象として持っている。

このような中で、ビジネスをどう展開していくかについて、考えを根本的に改める必要がある。指数関数的に成長するには、いままでと求められるリソースがまったく違う。これを見誤ると、著者の言う「イリジウム現象」に陥る。これは1980年代末にモトローラが、携帯電話の普及率を見誤り、イリジウムという衛星電話に大きな投資をして50億ドルもの損失を出したことに由来する。携帯電話については、マッキンゼーでさえ2000年までに携帯電話は100万台未満と予測していた。実際には1億台であり、100倍もの読み違えである(p.26)。このようにイリジウム現象とは「加速度的に進化する未来を予測するのに、未来への道が一直線に伸びていると想定したり、過去のトレンドから判断してしまったりするような失敗」(p.13)のこと。

ではなぜ飛躍型企業が可能になってきたのだろう。一番のポイントは、ビジネスの基盤が物質から情報になったことだ。情報は(ほぼ)文字通り光の速さで広まり、しかも劣化しない。物質は誰かが使ってしまえば消費され、消尽する。したがって希少性があり、管理することが必要だ。情報は逆であって、豊富にある。したがっていかにアクセスするかや、どうシェアするかがポイントとなるのだ(p.30-33, 146-157)。こうしたことはIT分野ではつとに当たり前のこと。しかしこの傾向はあらゆる分野に及びつつある。3Dプリンティング、ロボット、太陽光発電、各種センサー、遺伝子解析、等々の分野でコストが驚くべきスピードで低下。ムーアの法則が(元来の半導体集積の分野では通用しなくなりつつあるが)あらゆる分野に及びつつある。

飛躍型企業はこのような流れを捉える。そうした企業に共通する特徴を、著者は大きく分けて三つ取り出す。野心的な変革目標(Massive Transformative Purpose; MTP)、SCALE(Staff on Demand, Community & Crowd, Algorithms, Leveraged Assets, Engagement)、IDEAS(Interface, Dashboard, Experimentation, Autonomy, Social Technologies)である。これらの特徴がいかなるものであり、なぜ必要とされているのか、とても明快に書かれている。

MTPは企業のビジョンであり、これは分かりやすい話(p.63-66)。飛躍型企業は明快で革新的なビジョンを掲げている。それが社内外の人々をまとめ、導いていく役割を果たしている。SCALEの話も面白い(p.69-105)。飛躍的企業は社外にリソースを積極的に求める。それは人材であったり、時には事業のアイデアも外(コミュニティとクラウド)に求める。また、機械学習などアルゴリズムを積極的に用いて効率を高める。

一方、IDEASの話は少し意外で、やや込み入っている印象を持つ。まずインタフェースとは、外部資源からの情報をフィルタリングし、内部の資源とマッチングすること。これは類書では外部資源の話をする時に大概含めてしまうように思われる。フィルタリングの必要性は面白い。資源が希少な場合は効率性がポイントとなるが、SCALEの場合は豊富なのでフィルタリングが必要なわけだ(p.107-112)。その他、ダッシュボードは個人業績をいかに評価するかであって、インテルのOKR(Objectives and Key Results)が取り上げられている。実験についてはリーン・スタートアップのMVPに代表されるもの。自律性では分権的で動きやすい組織の形として、ホラクラシーが述べられている。ソーシャル技術は情報が社内でいかに円滑に流れるかについてだが、ちょっと雑多なものが含まれてまとまりがない。ソーシャル技術は「ソーシャルオブジェクト(従業員関係、位置情報、物理的なモノ、アイデア、知識など)」「アクティビティストリーム(ソーシャルオブジェクトに関する情報。会議室の予約情報とか、コーヒーの残量とか)」「タスク管理」「ファイル共有」「テレプレゼンス(ビデオ会議)」「仮想空間(VR/AR)」「感情認識」だそうだ(p.134-139)。

次いで飛躍型企業がもたらす社会と、飛躍型企業を作る12のステップがある。これは多分にバラバラな印象であまり面白くは無い。12のステップはよくまとまっているが、次々に出てきていて統一感がない(p.192-220)。ただし中でも、スタートアップのマーケティング手法のAARRRモデルと、スタートアップに重要な8つの問いは面白い。AARRRモデルとは、ユーザーがどうやってサービスを見つけるか(Acquisition)、ユーザーはサービスでどんな体験をするか(Activation)、ユーザーは繰り返しサービスを使用するか(Retention)、収益はどう得られるか(Revenue)、ユーザーは他の人にサービスを薦めるか(Referral)という5項目で考えるというもの(p.212)。収益だけユーザー視点でない。スタートアップにとって重要な8つの問いは下記に列挙。
1 顧客は誰か?
2 顧客のどんな問題を解決しようとしているのか?
3 何をソリューションとして提供するのか、それは現状を10倍以上改善するものか?
4 開発した製品やサービスをどのように市場に持ち込むか?
5 製品やサービスをどのように売り込むか?
6 口コミやネットプロモータースコア(NPS)などを活用して、どのように顧客を自社の支援者へと変え、需要拡大の限界費用を下げるか?
7 自社の顧客セグメントをどのように拡大するか?
8 調達コストをどのようにゼロに近づけるか?(p.217)

本書が面白いのは、大企業がいかに飛躍型企業になるかを考察していることだ。デジタル情報という隕石が衝突した現代では、大企業という恐竜は生き残れない(p.168)。大企業のマトリクス型組織は意思決定が複雑でスケールしない(p.48f)。しかし大企業には唯一の利点として、知的資本がある。必要なのはビジョン、変わろうとする意志、未来への恐れである(p.297)。既存企業を飛躍型企業に変えるには、2つの条件が必要。急激で根本的な変化に対応できる企業文化と、経営陣から全面的に信頼される、ビジョンあるリーダーの存在だ(p.243f)。

より詳細に、大企業が既存の中核事業を維持しながら、同時に変化の激しい環境に進出する4つの戦略が挙げられている(p.252-294)。それらは、リーダー層を変革すること(経営層の教育と多様性の確保、リスクを取れるリーダーの採用)。飛躍型企業との提携を行ったり、投資や買収を行うこと。現状の打破、すなわち組織を守ろうとする社内の免疫系と戦うために、既存事業の周辺での立ち上げ、秘密チームの組成、研究所の設立、アクセラレータなどとの提携。簡易版飛躍型企業の導入、すなわち飛躍型企業の特徴を部分的に取り込むこと。

著者は企業が飛躍型企業かどうかのチェックシート(付録A)を用意している。11項目のうち4つが当てはまれば飛躍型企業と言える(p.179)。このチェックシートに基づいて、既存の飛躍型企業を採点して論じている。だが例えば、小米は飛躍型企業診断でグーグルベンチャーズに次ぐハイスコア(p.305-308)だが、最近はOppoやVivoに押されて衰退している。実は、本書には飛躍型企業がうまくいかない事例の研究がなく、生存バイアスのおそれがあるのではないか。

飛躍型企業は飛躍型企業はビジネスのシステムというよりは行動哲学に近いものである。だから企業を超えて研究機関、教育機関、NPO、政府機関などあらゆる組織に応用することができる(p.339-342)。今後のブレイクスルーをもたらす可能性が高い技術と、それによって生まれるトレンドが挙げられている(p.330-335)。センサー、AI、VR/AR、ブロックチェーン、BMI(ニューロフィードバック)が技術で、情報アクセスのユビキタス性、仮想世界、3Dプリンティング、新たな決済システム、自動運転がトレンド。こうした急速な変化の中、あらゆる組織が対応を迫られるだろう。

最後に。意外なつながりのあるデータ分析の例(p.37f)をメモ。2013年1月のブエノスアイレスで、洗車業者の売上が過去10年間に50%も減ったことの分析。これは高級車の売上が伸びていたり、見せびらかしたい国民性からは奇妙。洗車機の数は増えていないし、給水制限もない。結論は、過去10年間に天気予報の精度が50%以上向上したことで、雨の日の前に洗車して洗車がやり直しになることが減ったこと。天気予報のテクノロジーの変化が洗車業者に影響を与えている。普通にデータ分析するだけではなかなか見つからなそうだ。
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