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佐伯胖、松原望編『実践としての統計学』


統計学の様々な結果やTipsの背景、基礎を述べたもの。タイトルでは内容が伝わりにくい。統計学はいまや基礎的知識として、物理学・生物学から社会科学まで広く普及している。SASやRといったツールも整備されている。その結果、数理統計学として統計学自体を研究するわけではない、使う側の統計的手法は「こういうデータの時はこう分析する」といったHow-toの蓄積となっている(p.179f)。使う側は統計の専門家ではないので、必ずしもそうしたHow-toの背景を踏まえているわけではない。こうして、数理統計学者から見れば危なっかしい統計的結果が量産されることになる。

本書はそうしたHow-toではなく、なぜそうするのか、当たり前だと思われているが一度は疑った方がよいことなどを語っている。それぞれの著者がそれぞれの観点から書いているため、論点は様々。フィッシャー/ネイマン論争、主成分分析と因子分析の違い、無作為配分の重要性、仮説検定とベイズ統計学、統計的に一貫した手法と研究的に有用な結果のトレードオフなど。普段使われている統計的手法に隠された論点を論じているので、基本的には実務家が対象。述べられるトピックに詳しくないと、問題の所在は見えない。

統計学の濫用は、心理学において次の三つにまとめられている(p.5f)。使われる手法の制限や前提を問わないブラックボックス主義、とりあえず帰無仮説検定を行う帰無仮説信仰(有意水準p<0.05信仰も含めてよいだろう)、定番の統計的手法で分析された結果だけが認められがちになるという「方法の理論への浸食」。これらは心理学に限らず、広く流布しているものだろう。だが、もちろんこうした態度は危険である。例えば、データ解析では解析手法の都合で、本当はそうでないものをそうと見なしていることが多い。分析者はこのような見なしについて罪の意識を持っていなければならない(p.79)。また、疑って別の分析をすれば本当の結果が出たかもしれないことを、とりあえずの結果で満足することも多い(p.86)。

実験群と対照群の設定における、無作為配分もまた注意すべき事例。これはむしろ科学実験の方法論に含まれるだろう。干渉変数(交絡要因)を特定して対等化法を行うような組織的配分もあるが、すべての干渉変数が特定可能なわけではない。無作為配分を行った実験であれば、t検定のような統計的検定によって、偶然による一致なのかどうかは確率的に判断することができる(p.118-132)。じっくり読み、納得するところが多い。

仮説検定の問題点からベイズ的アプローチに至る論説は、現在の時流を先んじて捉えている(本書は2000年刊)。以前はコンピューターの計算能力が低く、正規分布など典型的ないくつかのモデルしか計算できなかったのだが、計算能力が発展して複雑なモデルの計算ができるようになったので、ベイズ的アプローチは有効になってきたとしている(p.176)。ベイジアンの方が「正道」との評価も(p.166)。標本数が増えるにしたがって、頻度説では帰無仮説を採用する確率は低下するが、ベイジアンでは逆に増大するというリンドレーのパラドクスは、さわりだけ紹介されている(p.164-167)。とても面白いので詳細を探ってみたい。

片側検定と両側検定について書かれた箇所は難しいが、問題提起はよく分かる。いくつかの本を見ても、この説明は一貫していない。著者は、「両側/片側検定という手順では、a)統計学的論理の一貫性とb)有用性がうあく一致しない。統計学的論理と実際の計量分析の進め方の間でずれが起きている」(p.190)と述べている。

最後に、妙な記述を書いておく。「AならばB」と「B」から「A」を導く、いわゆる後件肯定の誤謬について述べている箇所。
「もしもAならばB」かつ「Bが真」なら、「Aは真」とする過ちは、人がよく犯すものである。例えば、「オウム真理教のシンパならば、破防法の適用に反対するはずだ」「あの人は破防法の適用に反対だ」「それならあの人はオウム真理教のシンパだ」というような場合である。これは共通点を過剰一般化したものだが、「違い」を過剰一般化する場合ある。「授業がうまく進んでいるときは、子どもたちはよく発言する」「あの授業では、子どもはほとんど発言しなかった」「じゃあ、授業は大失敗だったんだ」というような場合である。(p.101)
二つ目の授業のケースは(なぜか文言がだいぶ変わっているのでそれがポイントでないとすれば)、妥当な推論ではないだろうか。これは「AならばB」と「Bでない」から「Aでない」を導いているもので、妥当な推論(modus tollens)である。
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