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グザヴィエ・バラル・イ・アルテ『サンティアゴ・デ・コンポステーラと巡礼の道』


サンティヤゴ巡礼について、多くの写真を載せて書かれたとても読みやすい一冊。巡礼者を描いた多くの彫刻や絵画、また教会建築などが写真付きで載っている。著者は中世美術史に明るい。サンティアゴにおけるヤコブ信仰の起こり、巡礼路としての成立、巡礼路の教会や修道院、そして目的地サンティアゴ・デ・コンポステーラについて扱われている。

イエスの弟子ヤコブがサンティアゴに埋葬されているという伝説は古くからあった。9世紀初頭にペラギヌスが「ヤコブの墓」を発見したとされ、アルフォンソ2世によって教会がコンポステラに建てられる。おりしもレコンキスタの最中、ヤコブはキリスト教徒を イスラム教徒から守る守護聖人であるという考えと結びつく。モーロ人殺しのヤコブ、サンティアゴ・マタモーロス(p.20-25)。

おりしもイスラム教徒のヨーロッパ侵攻により、エルサレムはおろかローマまでも巡礼に赴くのは難しくなってきていた。そこでサンティアゴが巡礼地として定着し始める。ところでイスラム教徒にとってメッカに巡礼することは信者としての義務であって、メッカ巡礼を行わないイスラム教徒はアラーの天国に入ることができない。一方、キリスト教徒にとって巡礼は天国に入る一つの方法ではあるが、あくまで熟慮に基づく自発的な行為である。行き先や時期も自分で決めることができる(p.30f)。巡礼については、イスラム教とキリスト教で大きな考え方の違いがある。

サンティアゴへの巡礼は、10世紀になってフランスからの巡礼者が増える。13世紀から15世紀までが巡礼の栄光の時代と言える。15世紀になると巡礼に対する懐疑的な考えが次第に広がり、16世紀後半には宗教改革によってその懐疑は頂点に達した。この後、巡礼はルネサンス期から19世紀まで長期にわたって衰れることになった(p.78)。しかしサンティアゴは再び巡礼地として注目を浴び、世界遺産への登録(1993年)に極まり、多いときは月当たり5万人を超える人が訪れる。

小さな手軽な本であり、図表が多く見ていて楽しい。聖ヤコブの日にサンティアゴ大聖堂前の広場を埋め尽くす人の写真は特に圧巻だ。
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