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ジョージ・アカロフ、ロバート・シラー『不道徳な見えざる手』


ノーベル経済学賞受賞者たちによる一冊。内容は経済学における合理的人間像を行動経済学的のように疑うもの。実際の経済はみんなが合理的に自分の選好に従って判断しているわけではない。そこには人間の弱みや情報の非対称性に基づく、様々な仕掛けや騙しがある。著者たちの言いたいことは、こうした不道徳、不合理な経済の側面を取り上げて、経済に対する我々の見方を実際に近づけることだ。

私たちの生きている自由市場には、表と裏がある。完全に自由な市場には、選択の自由だけでなく釣りの自由もある。ほとんどの経済学者は、ほとんどの人は実際に自分の求めるものがほとんどの場合にはわかっていると考えてきたので、標準的な経済学ではこのことは無視されてきた(p.37, 302f)
自由市場は、お互いに利益があるものを作り出す。でも、相手を犠牲にして自分が儲かるものも作り出すのだ。利潤が得られる限り、どちらもやる。自由市場は、人類最強のツールかもしれない。でも、あらゆる強力なツールと同じく、これも諸刃の剣なのだ。(p.266)

本書はこうした騙し、著者たちの言い方ではカモ釣りの事例を多く取り上げている。金融市場からはリーマンショックに至る債権の過大な格付け、S&L危機、ミルケンのジャンクボンド。広告業界。住宅販売の手数料。クレジットカード業界全般。タバコ、酒、医薬品、食品。そして政治におけるロビー活動。こうした事例でカモを釣る例をたくさん挙げて、それが私たちの生活にどれほど影響しているかを示すことが本書の狙いだ(p.20)。

我々が本当に望むはずのものと、実際に選択しているものの差を認識することが議論の出発点。人々は自分自身に関わる選択について、その個人が必ずしも最善の判断者ではない。どんな人だろうと絶対に望まないはずの決断を人々は下している(p.12f)。著者たちは肩の上のサルの比喩を使っている。我々の肩の上にはサルが乗っていて、しばしば最善でない判断をそのサルが行う(p.34-36)。

肩の上のサルを相手にすることによって、人々が本当に望むものでないものを売りつけることができる。そして、この自由市場はそうした例にあふれている。自由市場は、人々が本当にほしいものを生産するだけではない。人々が肩の上のサルの嗜好に従って求めるものも作り出すのだ。自由市場はまた、そうした欲求を作り出し、企業が売りたいものを人々が買うように仕向ける(p.57)。

特に著者たちはクレジットカード業界が嫌いなようだ。クレジットカード事業はあらゆる側面がカモ釣りだという。加盟店舗が支払う手数料がある。消費者はクレジットカード払いだと現金よりも多めに買ってしまう。リボ払いなどの金利はとても高い。そして延滞した際のペナルティや各種手数料も高額だ(p.137)。

こうした事例から自由市場の実際を見れば、自由市場を単純に称賛するわけにはいかない。人間は弱みを持ち、その副産物としてだまされる。標準的な経済学のように、市場の健全な働きだけを描くのは間違っている(p.289-291)。ソローが言ったように経済の進歩は新しいアイデア、イノベーションに基づく。ただ、新しいアイデアがすべて経済の進歩をもたらすわけではない。新しいアイデアは新しいカモ釣りの方法を生み出す。経済成長はもっと慎重に、広い視野から見られなければならない(p.182-184)。

一方、こうしたカモ釣りを減らそうと努力する人々もいる。釣りを減らす英雄たちがいるから、自由市場システムは現在うまく機能している。その努力とは、品質基準の計測と強制、消費者市民運動、産業界団体の倫理綱領、商法などによる法的保護に現れている。ただし、こうした道徳コミュニティは情報の非対称性による情報釣りには対抗できるが、人々がついつい最善の判断からそれてしまう心理的釣りにはまったく対抗できない(p.247-262)。

著者たちがあとがきで未練がましく書いているように、本書は自由市場における騙しの事例を列挙したに過ぎない。自由市場を一面的に称賛する態度を戒めるのが目的。こうした騙しが何に基づくものなおか、きちんとした議論は行われていない。例えば、リーマンショックでの金融機関も、広告業界も、顧客の売上が消費者の厚生を引き下げるものだとしても、顧客の売上を増やすのだと言われる(p.94, 107-109)が、こうした点からするとこれはエージェント問題だろう。

本書は記述のレベルを落としているのだろうけども、理論面や概念の整理が疎かだと言わざるを得ない。また、様々な問題を騙しとして一概に述べているのも違和感が大きい。情報の非対称性であったり、意志の弱さを利用した商売は倫理的でないと非難されるいわれはあるだろう。しかし著者たちの挙げる例の中には、単に企業が人々の嗜好に合わせて製品を改良しているに過ぎない例もある。肩の上のサルの嗜好を完全に排除したとして、それはどんな世界なのだろう。そもそも排除なんてできるものなのだろうか。著者たちの問題提起は納得するものの、議論の運びにはあまり納得できない一冊だった。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。
しかし博士号は取らずPh.D. Candidateで進路変更。
哲学と特に関係なくIT業界に住んでいる。

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