FC2ブログ

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://exphenomenologist.blog100.fc2.com/tb.php/951-1c13bbec

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

フィリップ・アリエス『<子供>の誕生』


アンシャン・レジーム期、すなわち16~18世紀頃における子供の捉え方について。多数の文献資料、また絵画に描かれた姿などを取り込んで、その時期とそれに先立つ時期に子供というものがどう考えられてきたかを論じる。歴史社会学の名著。

我々は現在、幼児期、少年期、青年期、壮年期など人の年代を区分する考え方を持っている。こうした区分はすぐれて近代的なものだ。著者の見るところ、17世紀まで子供とは、性的成熟によって上限が決められる生物学的な現象ではなかった。子供とは年齢の区分というよりも、未熟であるために大人に従属する存在のことだった(p.28-31)。こうした捉え方はもちろん、現代の「子供」という言葉にも残っている。アンシャン・レジーム期に先立つ中世、近世初期には、子供たちは7歳頃、遅い離乳のあと何年もしないうちにすぐ大人たちと一緒にされていた(p.384-386)。例えば他の家に奉公に出て働き、そこで社会規律や一般常識などを身につけた。こうした体制を変えるのが、同じ年齢の子供たちを一つ所に均一に収納する学校というシステムだ。そして学校ができて子供が自分の家にいるようになり、親子という家族の形が成立していく(p.346-348, 380)。

例えば絵画における子供の描かれ方への着目は面白い。ほぼ17世紀までの中世芸術では、子供というものは独自の存在として認められていない。子供そのものを描くことが試みられたこともなかった。 絵画に描かれている子供たちは背丈以外の表現や特徴では大人と何ら変わるところがない、小さな大人として描かれている(p.35)。17世紀まで、子供は大人と同じ服装をしている。しかしながら17世紀になると、少なくとも上流階級の子供は大人と同じ服装はさせられていない。これ以降になると子供の時期に特有の服装が現れる(p.50f)。子供服というのは、一世紀前には大人達の誰もが着ていたが、それ以後には子供しか着用しない衣装として始まっている。とりわけ、男児に対してこの変化は起こった(p.56)。こうして子供だけが単独に描かれる肖像画がありふれていくのは17世紀である。また家族の肖像画が子供を中心とした構図をとるのも17世紀。子供期の発見は疑いもなく13世紀であり、15世紀・16世紀の芸術と図像技術の歴史にその進化を見ることができる。だが特に多数となり重要となるのは16世紀末から17世紀にかけてとなる(p.47)。

子供という独自の存在が捉えられてくるのは、何よりも学校というシステムの成立に拠っている。したがって本書は(主にフランス、イギリスにおける)学校システムの成立を丹念に追っていく。17世紀末から最終的に子供は大人たちの中に混ざり、大人と接触するうちで直接に人生について学ぶことをやめていく。子供は大人たちから分離されていき、世間に放り出されるに先立って一種の隔離状態のもとに引き離されたのであり、これが学校化だ(p.3)。

学校なるものは中世の時代からある。ただし主に聖職者を育成するものだ。そしてポイントは、中世の学校の各クラスは、学習のレベルに合わせたものであり年齢に合わせたものではない。したがってあるクラスに属する学生は、様々な年齢の者がいた。こうした様子は長く続く。そもそも学業課程も、近代フランスのような、第六ないし第五学級から始まり第一学級にいたり、その上に哲学級が位置するようになるのは16世紀後半。ほぼ150年にわたる進化の果てに、ようやく確定された(p.96)。それでも飛び級する早熟の例や、同じクラスを複数経る例はよく見られる。学年と年齢の対応が固定されてくるのは、ようやく19世紀初頭になってから(p.222-226)。この学年と年齢の対応が、いまわれわれがもつ子供という捉え方の核をなす。

こうして年齢に合わせて子供という存在が画一的に捉えられ、大人と違う子供という独自の存在が際立ってくる。例えば、子供期を原始的、非合理なものと見る考え方。これはルソーに出現するが、20世紀の歴史に属する新しい考え方だ(p.114)。それ以前には子供の無垢という考えはない。性的なものへの言及によって子供の無垢が穢されるという感覚はまだ存在していない(p.102, 106)。大人が子供に猥談を口にするということは特徴的で、17世紀初頭に近代的感覚での子供時代が完全に欠如していたことを考えさせるに、これ以上適切なものはない(p.96)。

子供の非合理さ、それと表裏をなす無垢。したがって、学校システムは規律を与えることになる。ここにはフーコー的な近代社会の規律システムの考えがある。とはいえ、後の学校における規律につながっていく2つの観念が生まれるのはやや早く、15世紀。この観念とは、ひとつは子供は弱いものであり、規制を欠いた放縦からの保護が必要だという考え。もう一つは子どもたちの道徳に責任を追うのは教師だという考えだ。こうして近世初期の学校には、三つの特徴が備わる。規律システムの特徴は絶えざる監視、統治原理として制度化された密告、体罰の大幅な拡大適用(p.239f)。

ただし学校の規律システムは18世紀になって、学校体制に対するリベラリズムにより、密告や体罰が廃止されていく。それと同時に、学校において軍隊的思考が目立ってくるのだという。若い兵士としての比喩として青年期が独立してくる。中世の学校では子供と大人の区別がなく、近世初期では青年と子供の区別がないのに対し、18世紀に士官と兵士たちが感性様式において青年期という新しい観念を導入する(p.247-253)。この軍隊という比喩が、学校の規律システムの中に入り込んでくることが、近代の学校という仕組み、そして子供の誕生に深く関与する。ただし、本書ではあまりこの軍隊的規律が、社会の各組織、特に学校や家庭に与えた影響は十分に深く分析されているわけではない。物足りなさを感じたところ。
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://exphenomenologist.blog100.fc2.com/tb.php/951-1c13bbec

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。
しかし博士号は取らずPh.D. Candidateで進路変更。
哲学と特に関係なくIT業界に住んでいる。

別館:アマゾンのレビューページ

最新トラックバック

検索フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。