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西森秀稔、大関真之『量子コンピュータが人工知能を加速する』


とても明快な一冊。量子アニーリング方式による量子コンピュータについて、第一線の研究者が平易に記している。昨年くらいから流行っている一冊。単なる一回の流行ではないしっかりした本。

量子力学や量子計算の解説はとても控えめ。それゆえ、中心となる量子アニーリングの解説にはやや不満が残る。この本が対象とするレベルでは仕方ないか。前半は量子アニーリング方式のコンピュータを製造した、カナダのD-Waveを中心に話が進む。量子アニーリングは日本の研究者(著者の一人、西森氏ら)が提唱したとされる。だが、D-Waveが量子アニーリング方式に踏み出すきっかけは日本とは別。D-Waveが採用したのはロイドとファーヒによる断熱量子計算(2001年)。 これは量子アニーリングと実質的に同じであるが独立した研究。日本の研究成果がD-Waveに採用されたわけではない。量子アニーリングを物理的に実現することは、日本の研究者たちには思いもよらなかったこと(p.48f)。

もちろん日本の研究はD-Waveと無縁ではない。量子ビットからの信号を増幅するための磁束量子パラメトロン(p.60f)、1999年にNECの研究所が開発した、ジョセフソン結合を用いた超伝導体による量子ビット(p.143f)などが重要な成果。しかし量子アニーリング方式の量子コンピュータを実現したのはカナダだし、いま大きくそれを育ててるのはアメリカだ。

量子アニーリングはシミュレーテッド・アニーリングの量子ビットによる改良版。シミュレーテッド・アニーリングはイジングモデルをもとに平易に書かれていて、(機械学習でボルツマンマシンを学んだ私には)とても分かりやすい。シミュレーテッド・アニーリングでは熱エネルギー(温度)を変数にして、熱によって値のゆらぎを生み出す。一方、量子アニーリングでは横磁場をかけてスピン方向のゆらぎを生み出す(p.71-73)。量子アニーリングでは量子トンネル効果によって、非凸関数でも局所解でなく大域解(厳密解)を見出すことができる(p.74-78)。アニーリングではノード(量子)間の相互作用を設定してから値を最適化するが、機械学習ではこれと逆に値を設定してから相互作用(結合の重み)を最適化する(p.92f)。たしかにこの点で関連するのは分かるが、正反対のことをアニーリングでどう実現するのかは解説がない。

量子アニーリング方式はそれまで量子コンピュータとして言われていた、量子ビット方式と異なる。ただ、量子アニーリングでもやり方を変えれば量子ゲート方式と同等の機能を持たせることができる。とはいえ実際のハードウェア、アルゴリズムの開発方法、用途はどちらのプラットフォームであるかによって全く違う(p.39)。量子アニーリング方式でもやり方を少し拡張すれば原理的にはどんな計算でもできる(p.24)。量子コンピュータは高速の計算が可能だと言われるが、組合せ最適化問題に対して、従来型コンピュータでも高速に解けるアルゴリズムはある。そしてその性能はD-Waveとほぼ変わらないということに注意が必要。ただ従来型コンピューターを用いるそのアルゴリズムは特定の問題に特化していて、汎用性や消費電力の面では劣る(p.100f)。

D-Waveはまだまだ発展途上の製品。量子間の相互作用も、すべての量子間に設定できるわけではない。そこには制限があり、きちんとした結合グラフにはなっていない。これをキメラグラフという。D-Waveではキメラグラフにより相互作用の制約がある。そこでこの制約のもとでD-Waveを活用する方法として、厳密解を求めるのではなく近似解のサンプリングに使う。これはとてもうまい使い方の発想の転換。単純に厳密解が求まられないから使えない、とするのではない。日本でもこうした発想がベンチャーにも投資家にも必要だと言う(p.93-95, 156-161)。

量子アニーリングは理論上の話だったのが、いつしか実現に向けて加速度的に走り出した。基礎研究はどこがどう結びついて発展するか分からない。本書には基礎研究に賭ける著者たちの楽しさと、基礎研究の無理解への嘆きも見える。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。
しかし博士号は取らずPh.D. Candidateで進路変更。
哲学と特に関係なくIT業界に住んでいる。

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