FC2ブログ

Entries

川北稔『イギリス近代史講義』


口述筆記によるイギリス近代史。口述筆記なので論の運びはややうねっていて、少し読みにくさを感じる。全体の筋の中で、この話は何をしたくて書かれているのかがよく分からないところもある。内容はイギリスの都市の成長、産業革命と植民地貿易、イギリス衰退論争。平易な形でその論点が知れる。あらゆる論点を通じてポイントなのは、イギリスのジェントルマンという身分。

イギリスの都市の成立はなかなか見通しよく、面白い。イギリスは16世紀では、特に17世紀では明らかに、単婚核家族がメイン。そして結婚も20代後半という晩婚社会だった。いまの日本のようだ。この単婚核家族の家庭の子供は14歳頃になると、よその家に7年くらい奉公に出て、ある程度の技能と収入を得るとその後結婚した(p.26-31)。したがって子供と同居していない老年夫婦が多く、高齢者の独居問題は大きな社会問題だった。一方、若者の奉公先は一般的には近隣の村だったが、ロンドン、あるいは後にはアメリカに出ていくものもあった。16世紀に年間5000人、18世紀に8000人くらいがロンドンへ移住する。こうしてロンドンは見知らぬ者たちの、匿名性の高い都会になっていく(p.34-36)。

互いに見知らぬ者たちの都会では、身なりや社交が人となりを決める要素となる。こうしてジェントルマン層が生まれていく。これは経済成長を支える需要を産んでいくことにもなる。みんながファッションや社交活動にお金を使うからだ(p.59-70)。18世紀の都市はにぎやかで明るいところ、楽しいところだった。19世紀には都市は工業化が進み、煤けて黒い、暗いイメージに変わる(p.78-80)。

17世紀を通じてイギリスは、フランスやオランダと戦争を繰り広げる。この中で、経済と戦争に割けるリソースの見積もりが必要になる。この時代にイギリス国王は、いかに戦争のための資金を得るかで議会と戦っている。著者はこの文脈で、17世紀のジョン・グラントの死亡統計を扱っている。この死亡統計は政治算術という分野を切り拓いた。政治算術はリソースの将来予測を行う。国民経済の成長というパラノイアの起源は、この文脈にある(p.112f)。

産業革命は供給側から語られることが多いが、供給が増えたなら消費した人たちがいたはずである。この消費側から産業革命を見ようとしているのが面白い。綿や鉄の製品は例えばジェントルマン層が需要を支えた。これらはまず輸入品が人気になって需要が拡大し、それを国内生産で代替しようとして産業革命に至る(p.158-164)。産業革命の初期に売れたものは、綿織物、陶器、 刃物やナイフ・フォークなどだ。こうした衣服、日用品、台所用品を買ったのは主婦たちである。主婦はそれまでは独立した労働者とみなされていなかったが、工場ができることによって働き先ができ、可処分所得が増大した(p.196-203)。

産業革命の資金源は確たる事が分かっていないという点は意外だった。奴隷貿易業者がリヴァプールで富を得ていたことは確かだが、綿織物業に融資した証拠はない。また毛織物業者が綿織物業に転向した証拠も、シティが融資した証拠もない。綿織物業に限って言えば、立ち上げに大きな資本は必要なくスモールスタートでよかったと考えられる(p.170-177)。

イギリス衰退論については、それがイギリスのジェントルマンという仕組みに原因があるのかを巡って、いくつもの見解が紹介されている。イギリスは第二次世界大戦後、たしかにアメリカやドイツ、日本に比べれば成長率は低い。ただ、それは衰退したということなのかどうか。様々な意見が紹介されつつ、結局は確たるものはないという結論なのでなんだか読みにくい。
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://exphenomenologist.blog100.fc2.com/tb.php/988-1ffe0893

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する