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川北稔『イギリス 繁栄のあとさき』


近代イギリス経済史を中心として、イギリスの勃興に何を学ぶかを念頭に書かれた一冊。エッセイとして連続掲載されていたのを、まとめたもののようだ。ときおり、時事ネタや日本の状況についてのコメントが散見される。とはいえ、それは1995年くらいの当時のものなので、いまから見ると感覚もずれている。主題のイギリス史とはあまり関係しない。歴史家として何かを引き出そうとしているのだけれども。

話の中心はイギリス近代を導いた「ジェントルマン資本主義」について。ジェントルマン資本主義とはなんであって、他の国とは何が違い、そしていかにこれが産業革命を生み出したかを語っている。また、イギリス帝国の没落と言われるものがなんであって、それにいかに学ぶべきかを述べている。日本のイギリス経済史研究の流れから言えば、イギリス近代の発展は戦後日本の理想の一つだった。大塚史観のもと、日本の経済的成功の秘訣をイギリスに求めてきた。バブル崩壊で経済が低迷する日本にあっては、むしろイギリスの緩やかな没落過程にこそ、学ぶものがあると著者は言う(p.175-177)。

ジェントルマン資本主義とは、イギリスではジェントルマン階層の人々が経済を主導したという考え方。19世紀の半ばまで、イギリスは反工業的で反都市的な価値観を持つ、地代や金利で生活する地主や金融資本家を中心とするジェントルマン階層が支配してきた。ゆえにその中心はもともと第三次産業にある。イギリスは第二次産業革命に乗り遅れてドイツの後塵を拝したと言われる。しかしこれはイギリスが第二次産業革命に失敗したというより、第三次産業に一層移行しただけであると考えられる(p.18-21)。

産業革命の興りは世界システム論を軸に語られる。本書は世界システム論のポイントを押さえた解説にもなっている。世界システム論では、産業がどこかで興るとそこが中核化し、そのシステムに組み込まれた他の場所が周辺化すると考える。イギリスの産業革命の場合、アメリカ南部の綿花、カリブ海の砂糖のプランテーションがそうした周辺化に当たる。これらは前近代的な遺構ではない。イギリスが中核化するに従って低開発化された結果とされる(p.46-52)。近代的に発展しなかった遺構ではなく、むしろ近代化に沿って低開発化されたという視点は面白い。また、イギリス文化の輸出が産業革命に寄与するという視点もある。紅茶を飲む文化は紅茶と砂糖の他、カップやティー・タオルなどの商品群を必要とする。イギリスで産業革命が起こった原因の一つに、アメリカ植民地における雑多な工業製品への需要があったという(p.146-148)。

17世紀のイギリスの社会状態も押さえておくべき論点。16、17世紀のイギリスは資源、食糧の不足の危機にあった。この危機は17世紀中頃に世界、特に西インド諸島との貿易が一気に拓けた商業革命により主に解決された。この危機を脱した結果、イギリスは経済成長、産業革命が可能になった。大英帝国が産業革命の結果ではなく、前提である(p.68-74)。大英帝国が市場を世界に開いていたからこそ、イギリス産業革命に至る世界システムが構築可能だった。

また、近世のイギリスでは、子供はどこか別の家庭にサーヴァントとして入っていった。よって子供が家にいない老夫婦が多く存在した。綿工業都市では、老夫婦が家の中で子守をし、子守役が見つかった若い妻が働きに出るという三世代家族が効率的な家庭として出現した。しかし、この三世代家族は20世紀の早い時点で国民年金制度が成立していくことにより一般化することはなかった(p.104-112)。これも社会史として興味深い論点。ただ本書は経済史に重点を置いているのでさほど深められてはいない。
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