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リンダ・コリー『イギリス国民の誕生』


大部の本だがとても読みやすく、面白い一冊。18世紀から19世紀後半にかけて、イギリスにおいて「イギリス国民Britons」というアイデンティティがどう成立してきたのかを追っている。原著は出版時にかなりの話題になり、ここから影響を受けた歴史書が多く出ているようだ。名もなき庶民の記録から議会録などの公的な記録まで、多彩な史料を用いながらも、見通しよく論じている。

想像の共同体よろしく、イギリス国民というのは作られたアイデンティティだ。いまでもイギリスはイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドという主に4つに分かれている。例えばサッカーでは別のチームとして出場している。イギリスという国の姿は、1707年にスコットランドがイングランドに併合されたところから始まる。単なる連合王国から、どのようにイギリス国民という自覚が生まれてくるのか。それをイギリス社会の様々な階層の人々について見ていく。イギリス辺境の人たち、商人、権力支配層、国王、一般の女性たち、一般の男性たち。

結論から言えば、それは対外関係、特にフランスとの関係においてである。イングランド、ウェールズ、スコットランドという異なる要素からなるイギリスにおいて、イギリス人という意識が持ち上がってきたのは、何よりも1707年以降、対仏戦争においてである。イギリスの人々が単一の国民として自己を規定したのは、ドーバー海峡の彼方に出現したフランスという他者への反動としてである(p.5-7)。なぜフランスなのかといえば、フランスはイギリスに並ぶ強大国であり幾度も戦争をしており、そしてカトリックの国だからだ。

1707年以降すぐの時代のイギリス国民のアイデンティティを決定するのは、イギリスはプロテスタントの国だということである。「イギリス人とは何かという問いに対して、プロテスタンティズムは唯一答えを与えられるもの。プロテスタンティズムはイギリスの創造を可能にした土台なのである」(p.58)。プロテスタンティズムはイングランド人、スコットランド人、ウェールズ人の、特に社会階層の下部をつなぐ強力な接着剤の役割を果たした。これはスチュアート家の王位僭称者を支持するジャコバイトの侵攻(1708, 1715, 1745)とフランスの存在によって一層強化されていた。人々はカトリックを悪者として描いたフォックスの『殉教の書』、バニヤンの『天路歴程』などを通じて、戦争と侵略の中で勇気を奮い起こし、尊厳を取り戻していた(p.26-33)。イギリスはプロテスタントであることによって神から護られてた国なのである。こうした選民思想が対仏戦争でフランスの恐怖に怯える人々、イギリス国民を支えた。この点で、イギリスは自らをイスラエルになぞらえる。

イングランドはスコットランドを併合したとはいえ、すぐに一つの国としてまとまるわけではない。ウィルクスによる反スコットランドの言動が細かく扱われている。しかしそうした反動にもかかわらず、スコットランド人は南下してイングランドで重要な役割を果たすようになる。スコットランド人は17世紀には外国で傭兵となっていたように、もともと外国文化のなかで働いたり戦ったりすることは怖くなかった。ヘイスティングズ総督のもとで大量のスコットランド人がインドに送り込まれ、大英帝国のなかで主要な役割を果たした(p.130-138)。スコットランド人がイギリスにおいてやたらと熱心に壮大なゲームに関わり、主要な役割を果たす状況は19世紀中、また帝国の終焉まで続いた。ジェームズ・ボンドがスコットランド人であるという設定、その作者イアン・フレミングもスコットランド人だということは偶然ではないと著者は記す(p.139f)。

フランスに対抗するプロテスタントの国イギリスというアイデンティティは、アメリカ独立で大いに揺らぐ。アメリカ独立によって、多くのイングランド人は自分たちの歴史の一部と、集団としてのアイデンティティが乱暴に切り離されたという感覚を抱いた(p.149)。イギリス人の同胞であるアメリカの人々が、こともあろうにカトリックのフランスと組んで独立戦争を戦い、そしてイギリスが敗北したというショックは大きかった。アメリカ独立戦争のあと半世紀のあいだに、イギリスでははるかに意識的かつ公的な形で愛国心が作り上げられる。それは君主制とのつながり、帝国の重要性に力点を置き、陸海軍の功績を高く評価し、真のイギリス人エリートによる安定した政府が望ましいと強調する(p.153)。

アメリカ独立で大いに揺らいだのは、支配者層であるジェントルマンや国王への信頼だった。ジェントルマンは1775年から1825年頃にかけて、パブリックスクールでの教育、結婚パターンなどあらゆる面で同質化、団結していく。支配階層は行政や軍事などでイギリスのために尽くし、芸術を保護するなどで信頼を回復していった(p.173-185)。国王について言えば、ジョージ三世の治世にイギリス国王に対する人気が復興する。それは、国王の政治的な力が増大したからではない。国に関わる問題を最優先する姿勢をはるかに強く打ち出した、新たな国王像が出現したからであった。ただし、国王自身が当初からそれを画策していたのではない(p.216)。フランス革命やナポレオン軍の脅威に直面したジョージ三世と側近は自らの地位を主張し、世論を奮い立たせて、国民の人気と讃美が復興する。国王即位50周年祭典や、それに伴う都市の福祉が成果を上げる(p.227-238)。

七年戦争(1754-63)、アメリカ独立戦争(1775-83)、フランス革命(1789-99)、ナポレオン戦争(1803-15)と、フランスに絡んでイギリスの人々が脅かされる時期が続く。特にナポレオン戦争は女性たちにインパクトがあり、女性たちの愛国心を駆り立てた。これまでの戦争では体験したことがないほど、自分たちと家族の安全が危機にさらされていると多くの女性が信じていたようだ。特に、マリー・アントワネットの最期への反応が顕著だ。女性が政治の舞台に担ぎ出され、そして残忍な最期を遂げることは、戦争とは男たちの事柄という考えを揺さぶる(p.266-268)。著者は女性たちの愛国心が、家庭に閉じ込められていたように見える女性たちの間接的な政治参加を意味することを、慎重に読み取っていく。男性と同じようにナポレオン戦争を支持し国益に対する支援を行うことで、女性たちは自らの関心事が家庭の領域に限定されるものでないことを証明した。愛国心にかこつけて、女性たちは、公の場における確固たる地位を自ら築き上げていった(p.274)。ルソーは性別による役割分業を主張して女性が公的な政治的な領域に関わることを否定した。この考えはイギリスにも取り入れられていた。しかし女性の私的な家庭での影響力は男性の市民としての道徳に寄与すると強調することで、道徳の守護者として女性が行政に関わる権利を多少なりとも持つことが当然とみなされた。「道徳的な影響力を私的な領域の枠外で行使する一方、女性はそのなかに留まらなければならないという、この(われわれにとっては)矛盾と思われるワン・セットの主張が、19世紀前半のイギリスにおいては支配的であった」(p.288)。

男たちについては、義勇軍への参加という形で論じられる。誰もが愛国心からこぞって徴兵に応じたというわけではない。下層の人々が対仏戦争の義勇兵に参加したのは、少なくとも1789年から1805年までの間においては、上からの強要、喧嘩好き、稼げるから、半人前と思われるかもしれないという恐れといった理由ではない。むしろフランスの侵攻に対する恐怖という極めて単純なものであった。自国の危機が男たちに空想と希望的観測、英雄として死ぬという劇的な機会を与えた(p.314-323)。

本当の意味で対仏戦争こそがイギリスを作り出した。よって、ワーテルローの戦いで勝利すると、多くのイギリス人はイギリス的なものをどう定義するか方向を見失ってしまったのだ。この不安定感は三つの問題に収斂される。第一の問題は、ナポレオンの拠点にしないためカトリックが多数派を占めるアイルランドを1800年に併合したこと。第二の問題は労働者に選挙権を拡大したこと。第三の問題は拡大した植民地における、イギリス帝国の住民ではあるがイギリス人でない人たちをどう扱うかということ(p.338-340)。もともと、七年戦争でイギリスがフランス、スペインから得た領土はインド、アフリカ、アジアに及んでいる。以前の大英帝国は圧倒的にプロテスタント的で英語圏だった。しかし拡大した帝国はカトリックのケベックや、白人すらいないアジア地域が含まれた。これはプロテスタンティズムと商業に基づく自由の国イギリスというアイデンティティに疑義を呈していた(p.106-110)。

この新たなアイデンティティの模索という文脈に置かれているのが、奴隷反対運動だ。奴隷の幸福に関心を持っており、 奴隷貿易に反対するということは、優れた自由を有すると主張するアメリカに対する手段であり、またフランスに対する手段でもあった。アメリカにもフランスにも、まだ奴隷がいた。奴隷制への反対は国民的な美徳の象徴となり、イギリス人に自分たちは自由を愛するのだというアイデンティティを構成する。イギリスは、その奴隷制反対運動によって、批判精神旺盛な外国人の観察者でさえ敬意を払うほど、道徳的に高潔という名声を獲得したのである(p.366-377)。

プロテスタントとしてのアイデンティティから、博愛主義の世界帝国というアイデンティティへ。イギリスは、まさしくつくられた国民として、その存在理由を、広義のプロテスタントの文化と頻発する戦争、とくに対仏戦争に大きく依存しており、さらには、広大な海外帝国に象徴される戦勝と利潤と他者性とに依存してきた。海外帝国すら消滅した現在、イギリスのアイデンティティはたいへんな圧力に晒されている(p.7)。現在、 イギリス人の中で自分たちは何者なのかという疑念が増している原因は、イギリス人が持っている明らかな島国根性のためであろう。イギリス人が現在持っているアイデンティティはすでに揺らいでいる。イギリス人は、意識しようとしまいと、それが永久に消えてしまったときに、新たなアイデンティティを身につけることに恐れを抱いているのだ(p.393)。現在のBrexitを巡る混乱など、まさにこうしたイギリス国民のアイデンティティと深く関わる事態だろう。

対フランス、対カトリックという軸でイギリス国民のアイデンティティの成立を追っている本書は、とても見通しがよい。一方で、あまりに一軸から物事を見がちなようにも見える。また対フランス戦争が収束したあとの博愛主義のアイデンティティについて、議論が付け足しの感を出ない。対カトリックということを離れる文脈では、商人たちの愛国心などが議論の出発点になるかもしれない。18世紀のイギリス政府は地主などのジェントルマン階層によって支配されていたとはいえ、商人たちは財産権の保護や海外貿易における海軍力に商業の基盤を頼っており、愛国主義的な行動をとった(p.64-76)。この本に引き続く議論のヒントはこの辺りかも。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。
しかし博士号は取らずPh.D. Candidateで進路変更。
哲学と特に関係なくIT業界に住んでいる。

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