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デイビッド・ネトルトン『データ分析プロジェクトの手引』


400ページほどある大部の本。データ分析について、ビジネスの観点やエンジニアリングの観点からの話題が扱われる。さらにWeb上のデータを中心として多くのケーススタディも扱われている。アルゴリズムについては、交差検証や決定木などの話題もそれなりにあるが、さほど重点は置かれていない印象。著者はもともとIBMの人だったこともあり、SPSSを用いた分析が念頭に置かれているようだ。大企業においてデータ分析の専任者がSPSSやSASでやるイメージ。現在のRやPythonを中心とする試みからすると、どうも一世代前のようなものに見える。

様々なことが書いてあるのだが、どうもいまひとつパッとしない。翻訳本だということもあるか。戦略面、データ面から考えられた、データ分析プロジェクトの実行可能性チェックリスト(p.10-14)は役に立ちそう。データの質を、ビジネスへの関連度やそれ自体の信頼性からなんとか定量化しようとしている(p.91-93)。そこまでやらなくてもという印象をもつ。データ表現の発展形として、階層、オントロジー、グラフ、多クラスに所属するというファジー表現が扱われている(p.75-81)のが面白い。

データ分析でありがちな間違いとして、データのバイアス、前処理のエラー、間違った解釈が挙げられる(p.162-165)。自分勝手な判断によって袋小路に陥ることを避けるために、銀行、保険、通信などの分野ごとにどのような説明変数が必要なのか、業界ごとにパッケージ化されたものを使うのも手だ(p.124-127)。テキストマイニングに5つのステップが定式化され、これもSPSSやSASにパッケージがあるので活用するようにと(p.209-218)。

翻訳本でここまで大部のものを読まずとも、和書でいい本はある。再読しよう。
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高嶌幸広『聞き上手になる本』


そういえばこの前読んだ本もこの著者だった。内容にはだいぶ重複があって、印象もさほど変わらない。話すのは相手が7割、自分が3割(p.32, 153)という目標に向けてどうするか。箇条書きに近いスタイルで、信条を次々と提示している。

聞く力には、聞く力そのものと集中力に分かれるという(p.218-220)。いくどか強調されるのは、聴く力における忍耐。自分が分かっていることはつい先回りしたくなる。まずそういう気持ちが自分の中に生まれたことを認識し、よく味わってみる。そして抑制すること(p.64-73)。人は信用している人にこそ話す。普段から信用を構築することが大事。そのためには、小さな約束を守り続けること(p.203-205)。

ジャック・ル=ゴフ『中世とは何か』


西欧中世の歴史研究家のインタビュー。ちなみに著者は「中世」という言葉を西欧以外の時代区分に使うことに疑問を呈している。インタビューワーに答えて、自分の研究史や、研究における主要主題について語っている。会話なので平易では在るが、精緻な論証などはない。話題が薄く次々と移っていくので、あまり印象は良くなかった。

西欧中世への見方は、ルネサンス期に先立つものとしての暗黒の中世と、カトリックによる統一のもとにあった黄金の中世という二つの見方がある。暗黒の中世観の流布に寄与したのはペトラルカ。黄金の中世の方は、シャトーブリアンなどフランス革命後の人たち(p.24-30, 77f)。もちろん、黄金の中世とは暗黒の中世の裏返しにすぎない。そのような後世からの視点ではなく、それ自体としての中世を著者は探ってきた。著者によればむしろ、史料の欠乏している古代、過剰な近現代と比べて、中世と16世紀はほどよいものだという。逆に、近現代には新しいアプローチ、問題意識を採用すべきではないかと提言する(p.56-61)。資料に頼りすぎることの戒めは、第二次世界大戦においてレジスタンスを展開した人々の生々しい生き方を経験したことから来るという(p.39)。

中世とルネサンスを区別したのはブルクハルト。彼が中世に蒙昧という性格付けを与えた。かくして歴史は進化となり、近代は進化の最終形態となる。これは国民国家の起源探しと関連している(p.80-85)。けれども、歴史は連続した流れである。同時でない一連の変化が、歴史の進展を画していることもよくある。どんな変化も、ただ一つの日付、事実、場所、活動領域に帰着されることはない(p.71-, 86-90)。このあたりはアナール学派らしいところか。

むしろルネサンスも中世に含める。中世には3つのルネサンスがあるとする。それらは、カロリング朝ルネサンス、12世紀ルネサンス、いわゆる15-16世紀のルネサンスの三つ(p.91-112)。ルネサンスは古きものの再生であって、新しいものの創造ではない。中世において、新しいものとは恐怖の対象であり、非難の言葉だ。古くからの考え方を再生することにこそ、中世は価値を置いていた(p.92-94)。中世と近代の断絶は、決定的には16世紀にある。16世紀には、宗教という概念が初めて登場する。それまではすべてが宗教のうちにあって、宗教を相対化して捉える必要すらなかった。宗教という概念の誕生は、中世との本当の断絶を示している(p.107f)。

著者のテーマの一つは、中世における商人と知識人の成立にある。俗世において金銭を稼ぐことは、それまでは評価されていなかった。その役割は多くユダヤ教商人によって担われていた。12世紀に、キリスト教徒商人が隆盛する。その正当化の理由としては、労働の対価としての金銭、東洋と西洋の間の国際貿易を担う有用性、芸術(技術者から芸術家へ)の庇護などがある(p.141f)。

身体的なものへの着目も面白い。商人の隆盛と合わせて、現世的なものへの関心が強まっていく。この世界における身体はその象徴的な例だ。神の表象も、当初の天なる父から、中世ではこの世界における子に移る。中世においては、人間の身体は神の似姿として位置付けられる。この視点は、宗教改革において聖霊に移る(p.246-248, 274-276)。時空的位置づけをもたない天国と地獄に対して、時空を位置づけられる煉獄の登場も、これに関係するだろう。中世は時空管理から理解することができる(p.197-200)。ただ、自然の中の人間の身体への着目が、自然でないとするものへの迫害を生んだことも忘れてはならない。同性愛者、ユダヤ人に対する迫害だ(p.256-259)。

他にも聖体拝領、暦、教会法、十字軍、天使と悪魔といったトピックについて語られている。

油井正一『ジャズの歴史物語』


古き名著。ジャズの歴史について、ダンスなどエンターテイメントとの関係、人種問題、政治や戦争の問題を絡めながらも、極めて平易に見通しよく書いている。複雑なジャズの歴史を鮮やかに描写。特にアメリカから離れた視点をもち、アメリカ内ではとても書けないであろう、人種問題との絡みなども扱えている。

ニューオーリンズで始まったジャズを前期。スイングからビ・バップまでを中期。モード・ジャズからフリーへの移行を後期。それぞれ1910-1930、1930-1950、1950-1970くらいの年に当たる。本自体が1972年刊、実際の執筆はそれより前の雑誌連載。よってオーネット・コールマン、コルトレーンがフリーを始めたあたりで本書は終わる。エレクトリック・マイルスやハンコック、コリア、フュージョンへの展開は少し述べられる。もちろん、VSOPやジャレットなどのスタンダードの回帰などはない。

曰く、ジャズの歴史には3つの大変革があるという。ルイ・アームストロングのジャズ界制圧、ビ・バップの発生、オーネット・コールマンの出現だ(p.93, 292)。ただ、サッチモに代わってチャーリー・パーカーを挙げている箇所もある(p.203)。なかでもオーネットの記述は目を引く。オーネットはジャズにフリーを持ち込む。その音楽は突然現れたものであり、「誕生以来、ひたすらヨーロッパ音楽寄りに同化を試みてきたジャズが、その存立の根本を問われた一瞬である」(p.203)。

そもそもジャズは20世紀の初めころ、ニューオーリンズの黒人ブラス・バンドから起こっている。解放後、自由市民となった黒人は音楽が充満しているこの町ニューオーリンズで、南北戦争(1861-65年)で敗れた南軍軍楽隊が残した楽器を安く手に入れ、ブラス・バンドを組織し、アルバイトとしてかせぐ手段を考えついた(p.14)。ここでクレオールとの関係が書かれるのが、とても興味深い。ジャズはアメリカにおける黒人とヨーロッパ音楽の出会いから生まれている。このヨーロッパ音楽は、実は白人がもたらしたものではない。人種差別の激しかったニューオーリンズで、白人と黒人が共演できる機会はほとんどなかった。ヨーロッパ音楽をもたらしたのは、ルイジアナがフランスからアメリカへ割譲される以前から住んでいた、フランス人やスペイン人と黒人との間のクレオールだ。奴隷解放令によって地位が向上した奴隷の子孫と、地位の下がったクレオールの子孫が対等になり出会ったのだ(p.18)。

しかしニューオーリンズは、第一次世界大戦において軍港となる。海軍長官の指令により、ニューオーリンズの遊郭・歓楽街ストーリーヴィルが消える。ダンスホールやキャバレーで演奏していたジャズメンは場を失う。こうして人々は、黒人労働者を大量に必要としていたシカゴに移る。ジャズという言葉が誕生したのは、そのシカゴにおいて(p.22-24)。

著者は黒人ジャズのみならず、白人ジャズも中立に評価する。白人ジャズを確立したビックス・バイダーベックについて、著者の評価は高い。もっもと好きなミュージシャンとも書かれている(p.56-61)。何よりもジャズを普及させたのは白人だった。ジャズが初めて全世界の注目を浴び、大衆の音楽となったのは、ベニー・グッドマン楽団。世界恐慌後の1935年にグッドマンはスイング・ブームを起こし、幼児から老人まで熱狂させたのだった(p.71)。黒人のみでジャズが発展してきたというのは誤りである。バードへの白人プレイヤーの強い影響が語られる。バードはジミー・ドーシーとフランキー・トランバウァーを好んだ(p.136)。

ヨーロッパでのジャズ受容についてはさほど扱われていない。とはいえ、ヨーロッパにおいて早い段階で高水準のジャズ批評があったことが書かれている。指揮者として有名なエルネスト・アンセルメが、シドニー・ベシエを絶賛したのは1919年(p.75-78)。ヨーロッパとの関わりでは、デューク・エリントンが好きだったイギリス王室の話が味わい深く語られる。エリントンのレコードを一枚残らず収集していたプリンス・オブ・ウェールズ(後のウィンザー公)。第二王子のヨーク公(後のジョージ6世)もエリントンにピアノソロをリクエストしたという(断られた)。王室きっかけでイギリスは大不況時代にジャズが普及していく(p.110-113)。

1941-45年の過渡期にジャズはビッグ・バンドからコンボ、特にバップに移行していく。この過渡期は最も解明が難しいとされている。ダンスへの課税によるダンスとジャズの絶縁、著作権管理団体ASCAPとBMIの対立、戦争への招集など。そもそも、アメリカ音楽家連合会(AFM)のジェームス・ペトリロ会長によるストライキ指令により、この時期の録音が少ない(p.85-87)。1940年後半からニューヨークのジャズは不況を迎える。代わりに、朝鮮戦争の兵站基地となったロサンゼルスが新しいジャズの中心地となる。ジャズメンが移動する。ショーティ・ロジャース、ジェリー・マリガンがニューヨークから転居。カルフォルニアからデイヴ・ブルーベックが出る。白人ジャズメンのなかには、バルトーク、ストラヴィンスキー、シェーンベルクといった同時代のクラシック音楽を目指した者もあった(スタン・ケントン)。だが、この白人ジャズメンの音楽教養が逆に西海岸のジャズを衰退させる。1950年後半には衰微(p.179-184)。

1950年代なかばから、再び東海岸にジャズが盛り上がる。この時期のジャズは特に、1960年台に"black is beautiful"に代表される、黒人の黒人たる価値を見出そうとする機運と関連する。最初は黒人教会独自のゴスペル音楽を取り入れたファンクだった。しかしファンクはすぐに一般化してしまった。ここに位置付けられるのがオーネット・コールマンだ。オーネットの出現は前代未聞であり、白人には模倣できない黒人独自の音楽となったのだ(p.203-205, 215f, 236-238)。黒人ジャズメンはオーネットに触発される。ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーン。なかでも、エリック・ドルフィーはバードとオーネットをつなぐ役割を果たしている(p.253f)。

「余滴」と題された補遺には録音技術、ジャズのファン層、人種問題、ダンスとの関わり、ラテン音楽などが語られる。こちらもとても面白い。第二次世界大戦中にアメリカ政府が軍隊慰問のために作成したVディスクの話題など、古くからレコードを蒐集してきた著者ならではだろう。

高嶌幸広『「話す力」が身につく本』


例えば突然スピーチを頼まれても話せるようにするには。主に上下関係における円滑なコミュニケーションとは。聞き上手になって相手の本音を引き出すには。

上手に話すには基本的なルールがある(p.17)として、ルールを解説。スピーチで話す内容を紙切れに書き出してみて、話す順番を考えていく紙切れ法(p.77-84)など。スピーチで間違ったり頭が真っ白になったら、そのこと自体をネタにして話してしまえば良い(p.104, 114-121)なんてところはちょっと面白い。分量の都合もあるのだろうが、原則として性急にまとめ過ぎなようにも見える。

自分にはあまり刺さらない類のこうした本を読んでいて思うことは、ある原則が述べられていても、それをどう身につけるのかが分かってこない。「~ということに気をつける」とあったとして、ではどのように日常的に気をつけるようになるか。メタ原則のようなもの。